創造の神

 今回は、創造者(創り主)の存在についてお話します。

 聖書は「初めに、神が天と地を創造した(創世記1:1)」という宣言から書き始められています。つまり、神による天地創造は明らかな事実である、という前提に立っているのです。しかし、神様が天と地、そして人間をも創られたという主張に対して、大抵の人は「そんな作り話は信じられない」と言い、否定的な態度をとります。

 その理由の一端は、日本の小、中、高等学校、また大学が進化論に基づく教育を行っていることにあるのです。幼いときから進化論に基づく知識を授けられているため、創造者であられる神を素直に受け入れにくいのだと思います。

 もし私たち人間が、神に創られた存在であることを信じ、認めるならば、その人の人生の歩みは必ず変わるのです。聖書ではそのことを、「新しく創られる」と表現しています。つまり、創造者に対する責任の自覚、さらには感謝の応答など、清らかな日常への変化です。しかし、無神論に立ち続けるとき、その反対の人生をたどり続けることになります。

 私は、神の存在に心の目と耳を閉じ続ける人間の考え方、思想からは真に良いものは生まれず、聖書が指摘している諸悪が生み出されて、犯罪が生じ続けることを憂慮しながら筆を運びました。

 聖書は「神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである(伝道者の書12:15)」と明言しているのです。創造の神に対する揺るがぬ信仰こそ、平和実現への保証となることを信じてやみません。(依田名誉牧師)