人違い(旭川緑ヶ丘便り29)

 

 旭川に来て以来、必ず尋ねたい人が二人あった。一人はAさんで個人的には全く知らない。若い時からの友人の友人である。今年初め、東京で友人に会った時、道北にいる友人の話を聞いた。それで是非一度その地にその人を訪ねようと思った。訪ねたくなった理由に、その方の姓が非常に珍しく、住所を知らなくても、その姓を言えば土地の人は必ず知っていると思ったからである。だがまだその方を訪ねてはいない。

 

 もう一人Bさんは、小生たちがかつて札幌で奉仕した北栄教会の方である。その住所は札幌からすれば大変な田舎であり、中中行けそうにはない。まして東京からでは到底行ける所とは思えない。だから旭川に来るまで訪ね、会おうとは全く考えなかった。

 

 ところが、旭川に来て、その住所は近いとは言えないが、日帰りできない距離ではないことがわかった。それでBさんを訪ねたのである。旭川に来て9カ月になるが、初めての遠出であり、人を訪ねるドライブとなった。

 

 Bさんに会うのは約30年振りであり、出発前からワクワクであった。順調に進んでいたが、突然タイヤの音が変わった。最初スピードを抑えるための路面の作りによると思った。がいつまでも止まず、音は大きくなった。もしやと思い停止してみると左前がパンクしていた。近くのスタンドでみてもらうと「このタイヤはもう使えません。他の3本ももう同じようになる危険がある」と言われ、結局全部のタイヤを交換した。そこで予定外に1時間半を費やした。午前中には着く予定だったのが、Bさんの住む地域に着いたのが午後1時近くであった。道の駅があったので昼食をとった。そして店の方にBさんを知っているか尋ねた。すると「知っている」とすぐに家までの道を教えてくれた。そこから10キロ程の所で、迷わずBさん宅に着いた。Bさんの住所には大字名だけで、地番はなかった。道路地図にも大字名だけでそれ以外は何もなかった。だから近くで尋ねる外ないと思っていたので、ぴったり教えてもらいホッとした。着いたのは2時頃だった。

 

 突然訪ねたのだが、Bさん夫妻は在宅だった。出て来られた奥さんに「細川です。お久しぶりです」と言うと、「いえ、お会いしたことはありません」と言う。忘れたのかと不思議に思ったが「とにかくご主人に合わせて下さい」と半ば強引に上がりこんだ。Bさんは腎臓を患い辛そうだった。「北栄教会にいた細川です。Bさんに洗礼を授けた細川です」と言ってもピンとこない様子だった。しばらく色々話しているうちに、目の前のBさんは同じ姓ではあるが、小生たちが考えていたBさんではないことがわかった。KGKの学生で他の教会で受洗した人であることを思い出した。目の前のBさんも小生たちのことを思い出し「本当に細川牧師ですか」と変わり果てた小生たちをまじまじと見つめていた。

 

 お互いに誰かを認め合うことが出来、共に祈って別れた。

 

 それにしても、今回会うまで北栄の時のBさんだと思い続けていた。それが人違いであることがわかり感謝である。

 

 が一方、本来小生たちが考えていたBさんはどこにいるのかが新たに起きた疑問である。これから旭川に数カ月滞在するうちに、是非本来のBさんに会えるよう祈り始めている。