第100回童謡・唱歌・讃美歌を歌う会

2月21日、那珂湊駅待合室で第100回童謡・唱歌・歌う会が開かれました。

「雪」、「冬景色」、「冬の夜」、「七里ガ浜の哀歌」、「キリストには代えられません(讃美歌521番)」を歌いました。参加者は13名でした。

 

 アルブレヒト・デューラーは、500年前のドイツの画家です。今日は、彼の作品「祈る手」に関する逸話を紹介したいと思います。ある日、貧しい中で共に絵を学んでいた親友ハンスが、こんな話をもちかけました。「デューラー、このままでは、私たちは二人とも立派な画家になることはできない。そこで提案なんだが、一人が働いて金を稼ぎ、もう一人がそのお金で絵画を学ぶのはどうだろう。そして、4年たったら交代するんだ。」

 

 二人はどちらが先に学ぶのか互いに譲り合いましたが、結局デューラーが先に学び、ハンスは炭鉱で働くことになりました。4年の修業を終え、デューラーは故郷に帰り、ハンスと再会しました。「ハンス、今まで頑張ってくれてありがとう。今度は君が絵を学ぶ番だよ。」

 

しかし、ハンスは首を横に振り、両手を見せました。何とその手は炭鉱仕事によって変形し、震え、絵筆を持つことさえできなくなっていたのです。デューラーは愕然としました。自分のせいでハンスの手がこうなってしまった、ハンスはもう画家になることはできない…. その後、デューラーはハンスの家を再び訪れました。何か償いをしたいと思ったのです。すると、ハンスの家の中からお祈りする声が聞こえてきたそうです。

 

「神様、デューラーは私のことで傷つき、苦しんでいます。彼がこれ以上自分を責めて、苦しむことがありませんようにお助け下さい。」デューラーは、ハンスが自分を恨んでいると思っていました。しかし、ハンスはデューラーのために祈っていたというのです。デューラーはハンスの祈りに深く感動し、二人の友情は揺るぎないものになったそうです。それから14年後、デューラーはハンスの祈りの手を絵にしました。この手は細く、血管が浮き出ています。指は曲がり、祈りのために手を合わせることもできない、激しい肉体労働で酷使した手です。ハンスの愛は、この世で最も美しいものではないでしょうか。それはとても犠牲的な愛だからです。デューラーが立派な画家になったのは、ハンスのこの犠牲的な愛と祈りを一身に受けていたからではないでしょうか。この時ハンスが祈っていた神様は、自らのいのちを犠牲にして彼のために死んでくださったイエス・キリストでした。この犠牲的な愛をもって私たちを愛して下さているのが、私たちの神様です。

 

 天の父なる神様、どうぞ一人一人にあなたの愛が豊かに降り注ぎますようにお願いいたします。(2020.01.21 武田遣嗣牧師)