あなたは愛されるために生まれたのです!
聖書はこんなに分厚くて、絵もなくて、二段になっているし、一体何だろうと思うかもしれないけれど、言いたいことはシンプルで、要は「神様はあなたのことを大切に思っています」ということを言いたいのです。
中高生の中には、自分の存在を大切に思える人は少ないかもしれません。それで友だちと自分を比較して劣等感にさいなまされたり、卑屈になったりするわけです。部活でレギュラ-をとれなかったり、勉強は中の中、外見も大したことなかったら、自分というものの価値がわからないかもしれません。それは周囲に「あなたは大切ですよ」と言ってくれる人が誰もいないからです。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」(イザヤ43:4)
この「わたし」は神様のことです。他の人は知らないけれど、神様の目から見ると、あなたは高価で尊いという意味です。
子どもの頃、クラスで牛乳瓶の蓋を集めるのが流行りました。中にはヨ-グルトやコ-ヒ-牛乳の蓋を持ってくる子がいて、プレミアっぽくなりました。ある時、友だちの牛乳瓶の蓋がなくなり、大事件になりました。犯人は見つからず、私達が集めた蓋はすべて先生に没収され、蓋集めは禁止されてしまいました。牛乳瓶の蓋はゴミだけれど、当時の私達には宝物でした。他の人には価値がなくても、その人に大切なものはあると思います。同じように、あなたの友だちはあなたに「むかつく」と言うかもしれませんが、神の目から見たら「高価で尊い」のです。
「あなたが大切な存在だ」ということは、友だちが決めることではありません。もしそうなら、「むかつく」と言われたらそう思わざるを得ません。また、あなたがあなたの価値を決めるのでもありません。そうでないと「どうせ俺なんて…」という言葉が本当のことのように聞こえてきます。あなたの価値を決めるのは、この世界を創られた神です。あなたを創られた神が、あなたの本当の価値を決めるのです。自動車、電気製品、造ったメ-カ-が物の価値を決めるのです。神様が「私の目には、あなたは高価で尊い」と言ってくださるのですから、学校の友だちが悪口を言ったとしても、傷つくかもしれないけれど、気にしなくていいのです。
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