神によって結ばれた二人 創世記2章18~25節

【新改訳2017

2:18 また、神である【主】は言われた。「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう。」

2:19 神である【主】は、その土地の土で、あらゆる野の獣とあらゆる空の鳥を形造って、人のところに連れて来られた。人がそれを何と呼ぶかをご覧になるためであった。人がそれを呼ぶと、何であれ、それがその生き物の名となった。

2:20 人はすべての家畜、空の鳥、すべての野の獣に名をつけた。しかし、アダムには、ふさわしい助け手が見つからなかった。

2:21 神である【主】は、深い眠りを人に下された。それで、人は眠った。主は彼のあばら骨の一つを取り、そのところを肉でふさがれた。

2:22 神である【主】は、人から取ったあばら骨を一人の女に造り上げ、人のところに連れて来られた。

2:23 人は言った。「これこそ、ついに私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。男から取られたのだから。」

2:24 それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。

 

2:25 そのとき、人とその妻はふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。

 先週、私の失敗がもとで妻と小さな言い争いをしました。約2時間、話し合ったのですが、相手の言うことが理解できませんでした。その時、神様はどうして男性と女性をこうも違う存在としてつくられたのだろうかと思いました。そして、神様はどうしてこのような男女を結び合わせようとするのだろうかとも思いました。「二人は幸せに暮らしました」というお伽話のような結婚は、難しいのかもしれません。今日は聖書から、豊かな夫婦生活の鍵となる三つのことを学びましょう。

 第一は、補い合うことです。この世界ができて間もない頃、人はアダムという男性一人でした。神様は人がひとりでいるのは良くないと考え、「ふさわしい助け手」として女性をつくられました。「ふさわしい」という言葉には、彼とは反対のという意味があります。つまり、男性と女性は反対の性質を持っている、パズルのピースがぴったりはまるように、互いを補い合う存在としてつくられたのです。「助け手」という言葉を、男尊女卑のように思われる方がおられるかもしれません。これは全く誤解です。確かに男性を立てることは女性の役割ですが、尊厳や価値が低いことを表すわけではありません。聖書の中で、男性と女性は平等なのです。

 第二は、仕え合うことです。創世記3章では、人は悪魔の誘惑に負けて、神様から食べてはならないと言われていた実を食べてしまいます。そこで人に罪が入りました。罪が結婚に及ぼした影響は、凄まじいものでした。まず自己中心になり、すべて配偶者のせいにしました(312)。そして支配欲が芽生えました(316)。このように、罪によって結婚はゆがめられてしまいました。しかし、この罪から私たちを救うために、今から2000年前に神様がこの世界に下りてきて下さいました。その方の名は、イエス・キリストです。イエス様は非常に謙遜な方でした。例えば聖書には、弟子たちの足をイエス様が洗うシーンがあります。そしてイエス様は人を罪から解放するために、人々に馬鹿にされながら、十字架にかかって死んで下さいました。イエス・キリストは誰よりも仕え、従う方でした。イエス・キリストに倣って仕えるということは、結婚生活においてとても大切なことです。、ある方は、従えるという言葉にネガティブなイメージを抱かれるかもしれません。しかしキリスト者は、仕えるということは罪に勝利することだと知っています。夫は仕えるリーダー、妻は仕える助け手として歩めるなら、この夫婦は神様に喜ばれる夫婦です。

 第三は、一体となることです(2425)。「結ばれ」とは、離れられないようにくっつけるという意味合いがあります。今日は結婚式の中で誓約の時がありますが、二人が永遠に愛し合うことを誓約したのなら、特別な問題がない限り、ずっと一緒にいるように神様は命じておられます。「裸」とは、何も隠していない状態を表しています。互いのありのままを、何ら恥ずかしいと思わずに受け入れていることを指しています。ありのままを見せるのは、ずっと一緒にいると決めていなければ怖くてできないと思います。結婚されるお二人には、この誓約を重く受け止めて臨んでいただきたいと思います。それが祝福された結婚生活の一歩だからです。誓約を聞いて、すでに結婚されている方々は、ぜひ自分の配偶者を愛する、配偶者に仕える思いを新たにしていただければと思います。

 違いを愛して補い合う、キリストにあって仕える、一体となる、これらはどれも簡単ではありませんが、結婚生活に神様はいて下さいます。

 

 天の父なる神様、御名を崇め賛美いたします。神は愛です。どうぞ、結婚されるお二人の間に、愛なる神様が一緒にいて下さいますように。また、十字架にかかって私たちのために仕えて下さったお方に倣い、互いに仕えることができますように。主よ、どうかあなたがお二人を、また結婚されている方々、これから結婚される方々を祝福して下さい。(2020823日礼拝 武田遣嗣牧師)