十年一昔

 

 十年一昔とはよく言ったものだ。小生が浜田山教会を辞任したのが2005年であり61歳だった。その時は特に大きな病気も患っていなかった。しかし、北陸の能美市にある辰口キリスト教会に導かれ、一年少しで舌根部の中咽頭癌が発見され治療した。その後一年半ほど自宅療養し200810月那珂湊キリスト教会に導かれた。その間パリやウィーンの日本語教会で留守番牧師をした。中咽頭癌での治療はあったものの体力は比較的安定していた。だから、那珂湊教会に着任してからは前任者の依田牧師と「弥次喜多」牧会を楽しんだ。20113月に東日本大震災があり、会員兄姉宅も大きな被害を受けた。しかし兄姉は震災を機に新会堂建設を主の導きと信じて主に頼っての建設に取り組んだ。積立金は100万円で、人間的には無謀と見えた。しかし、兄姉は見えるものではなく、無から有を生じさせる全能の神のみを信じての取り組みだった。

 

 実際には20149月に借入金なしで献堂式に導かれた。さらに2015年春には不可能と思われた若い武田牧師が使わされて来た。現在この武田牧師夫妻がすばらしい牧会をしている。一方、小生は着任時には中咽頭癌と脳下垂体前頭葉機能障害はあったが、体力的には那珂湊と大洗の兼牧を全力で奉仕であった。しかし現在は類天疱瘡発症以来、毎日生活すること自体も苦しい。礼拝に出席するのが精一杯である。

 

 10年前には予測できなかった体力の現状を見ると「十年一昔」と言うことを実感として味わうのである。

 

    2019520